DiaRY

2026.07
道端の記憶


2026.06
魚・魚


2026.06
私自身がカメラであるなら、描いたものは写真に近い。だから本という形で複製できるようにしたのだと思う。

2026.06
人と喋っていて、自分について知る。
人と人が鏡というのは互いが互いを覗き込んでいる時に限るのではないだろうか。
雨に濡れた京都の街を真っ直ぐ、傘をさして川沿いにあるく。夜風に吹かれながら歩いた昨晩を思い起こす。
西瓜のような球体、たんぽぽの綿毛のような球体をイメージして、私たちは全員で1なのだということに思い至る。


2026.06
水性というスペースにて、面白い稽古に参加する。見るということについて考えて、実践して、話した。企画者の方が古い友人によく似ていて、話し方、立ち居振る舞いを見ながらリラックスした気持ちになる。


2026.05
新しい素材で描く


2026.05
詰めの細かい作業が続く。はじめてする作業は、手を動かすほど気づきがある。作りはじめた時に考えていたものから、少しの変化で内容が広がったり、読み取れなくなったりする(気がする)。小さなブラッシュアップを繰り返して夜が更けていく。写真はあんまり関係無い関係性に関するメモ。


2026.05



2026/05
「私にだけ希求する風景でいい。」と念仏のように唱えながら、デカくて重い6×7を抱え、初めての町を歩く。この場所の事はずっと前から知っていた。自分で、思い立って調べたのだ。駅を出て午後の陽射しを浴びる。写真でもGoogleマップでも、手のひらの中では幾たびか確認をしている場所が眼前に広がる。古い団地に植えられた花や、伸び広がる草木、畑、色褪せた外壁、近景にそびえる塔、電線、そんな物たちの中を歩く。知って尚更近寄れなくなかった場所だが、何度も撮影をする想像はしていたそのままの風景と季節で、現実感が薄い。ホラーゲームの中を歩いている気分と不審者通報されたら嫌だなが半々の気持ちでシャッターを押しながら進む。途中萎びたコンビニエンスストアを見つけて入店し、いつも手に取るカフェラテを買ってみる。フィルムを交換して煙草を吸い、一気に飲み干す。ここに暮らす人々に高所得の人はいない。そういう場所だから。でも私がここに住んでいる訳じゃない。ここは私に紐付いた場所では無い。明るい午後の光の中、その建物のエントランスに辿り着く。その人、に会ったとして、私には話したい事も問いたい事もない。何しに来たの案件である。不審者通報の事を考えながら郵便受けを端から流していくと、あっさりとその名前は見つかった。

2026.05
小さいヒトと過ごした。


2026.04
訳のわからないものを拾わないよう気をつけていたが、気になってしまった。なんか描いてある石。


2026.04
季節が移り変わる。未来が現在になる。現在が過去になる。身体が、心が動いた出来事をまたピンで留める。


2026.04
トップページの「痣を刻む絵」を追加しました。


2026.03
三月は長い。苦しみの季節。


2026.03
辰の人(干支)に出会う。
みんなで数珠繋ぎになったら龍になれるだろうか?

辰の人同士は互いの鱗を交換して、縁が繋がったことを判定します。


2026.03
冬が終わり春になる。
人々に会い、手を振ったり視線を合わせて微笑む事ができるのは、大きな幸せの形であろう。


2026.03 
・今まで自分が意地を張ったり、放り投げたり、途中下車してふんわり消えたり、脱兎の如く逃げ出したり、握りしてめて駄目にしたりしてきた様々な物事のことを思い出したり、出せなかったり。

・その日に起きたこと、感じたこと考えたことを書きつけておくというのは案外面白いものだ。その際、誇張したり矮小化せずなるべく正確に書きつけておくこと。

・日々をRPGの様に過ごしているのだから、少なくとも布団からも玄関の扉からも出て、人や場所と出会っていく、それが最も重要な事である。

・疲れている人からは疲れている人の匂いがする。

・不運な人には近づいてはいけない(感染るから)。

・コロナ禍とかあって取得してからうっかり何年も経ってしまったが、戸籍謄本のあなたの住所に、Googleマップでピンを打ちました。有楽町線に乗るとそこに着きます。

・別になんとなくで、海外で寿司職人になってもいい。大味なカリフォルニアロールを作ってjapanese soul foodだぜっつって欧米人に召し上がっていただく。



2026.03
歌うように話すあなたから贈り物を受け取った日。ピザも食べた。


2026.02
使うかどうかはともかく、取得。


2026.01
冬日


2026.01
毎日を単なる螺旋階段にしないために、やった事ないことを生活に組み込む。非常〜に強〜いストレスで「触れなば切れん」という古語が脳裏をよぎる。内臓と精神には悪く脳と心にはたぶん良い。


2024.01
性格について考える。私は最も大切な事を他者に話さない。伝える気が無い訳ではない。誰かに、問いを立ててほしい、ページを捲ってそこに書いてある事を読んで欲しいと思っている。しかし、そこ、に、それ、があることを丁寧に創意工夫をこらして秘している為に、その望みはあなたに知られることがない。だから私はもう、自分でその問いを立て、自分でページを捲らなくてはならない。その子をいつまでもそこに住まわせておくわけにはいかないし、少し泣いてすっきりもした。春を待つ。


2026.01
「あなたを置いて誰のところへ行きましょう」ヨハネによる福音書6章68節。からのさらに抜粋。私の手元にある聖書はもともと祖父の所有していたものだ。私のところに来てからは、本棚の一枠に収まっているばかりでほとんどページを捲られることがない。ごめんね。

2026.01
という訳で、描く。今年はやらなくてならないことがあるので、形にしていく。


2025.12
二艘の舟。大きな河の流れに浮かぶそれはとても寄る辺ない。そういう景をイメージする。盲亀浮木という四字熟語があり、昔から好きだ。亀も飼っていたし、想像しやすい。光を捉えない亀が大海を泳いでいるという時点でもうとてつもない孤独を感じる。百年に一回の息継ぎで波間に浮かぶ流木に出会えて良かったね。そこにあなたにちょうど良い穴まで開いていたなんて、昔の人もなかなか凄い表現を思いつくものだ。ところで、そのとてつもない孤独を体現する亀は、運命的に出会った木に這い上がったんだろうか?そして自分で巨大な海水を掻いて進むことを少し休んで、また冷たい暗い水の中に戻って行ったのか?それとも亀と浮木はどこかの浜に一緒に流れ着くまで離れなかったのか?昔の人はそこまでは教えてくれない。


2025.12


2025.12
師走でごわす。どすこい侍ご多忙でござる。平静、平静。


2025.12
青い痣は時とともに消えるけど、同じ場所を殴られればまた鮮やかに発色する。とっても綺麗じゃん。庇わずにボディーブローを受けましょう。


2025.12
問われたら間髪を入れずに、相手の胸の中心に向かって答えること。発した言葉と音とその意味に、ほんの僅かのずれも無いよう準備をしておくこと。今のところ大丈夫です、いつでも。こじ開けてしまった扉の蝶番にだけ、手を添えて謝ります。


2025.11
すでにいない人を思って、ようやく泣くことが出来た。次の場所に行く準備は出来ている。


2025.11
大切なものを大切だから地面に埋める栗鼠のように。でも私はその場所を忘れない。行動、反響、比較、岐路、映画館の分厚い椅子にからだを埋める。


2025.11
またこの祭りの季節が巡ってきた。
初めて浅草の酉の市に、たまたま寄った日の感動は今もめちゃくちゃ鮮やかに記憶に残っている。

2025.11
自分という生き物に疲れ果てている。
いい加減にしてほしい。

2025.10
生きとし生けるものは皆精霊。


2025.10
雨ばっかりで衣替えも進まない。そして寒い。あらゆる家電から温風を吐きださせて湿度を除去してまわる。他者の思惑が介入して自分のペースが崩れているが、それが快なのか不快なのか、秤にかける事が上手く出来ない。自分の頭ではないので路線ごと間違える。こんな景色は見た事がない。こんな場所には来た事がない。戸惑いながらコミュニティバスに乗り、どうにか待ち合わせに成功する。北口の喫煙所には傘をささない君がいる。


2025.10
東京の水辺


2025.10
大好きな生き物と一緒にいると楽しい。その逆は最悪。簡単な理だ。
私のたましいは、幾夜の青を重ねたつややかな濃紺。


2025.10
東京の祭りにて。
一緒に来られて良かったね。あなたの生き方ほど美しいものは他には無いよ。

2025.10
本当にずいぶんと遠くまで来たよ。いのちは増えたり、減ったり。生きているものの皮膚は温かいって、目から鱗みたいに知った。こないだ。

2025.09
水辺にて。この晩わたしのステップは既定路線を外れ、あなおかし、いと面妖な流れに汲み出されていく。


2025.09
人口の光が群れになって大きな船みたいに輝いていた。ここは泥の原に蓮が咲いているような街。


2025.09


2025.09
朝、身体が冷え切って目が覚める。熱い湯船に浸かっても頭痛が取れず最悪のコンディションで、世界に身の置き所が無いと感じ、カーテンを締めるとほっとする。


2025.09
姿形も思想も異なる私たちが同じテキストや音楽を食べても、たぶん違うことを読んで思うでしょう。でもわたしがわたしであることを示す円の外周に、あなたの円の外周がほんの小さい点で接する箇所があるって、衛星同士の軌道が稀に重なるみたいで素敵じゃないですか?


2025.08
早稲田大学の中の村上春樹ライブラリーという施設で、大橋歩さんの版画展が開催されている。高校生の頃愛読していた「村上ラジオ」の挿絵になっている銅版画が200点以上…。美しくて可愛らしくて存在感があって。何度も何度もページを捲って眺めた絵達が壁に集まって、互いに会話をしているような、その声が聞こえてくるような空間だった。期間限定で販売を行なっていて、希望が他の人と被らなかったので一枚購入出来た。嬉しい。


2025.08
これはいつも、休憩で煙草を吸いに出た時に見ている景色。


2025.08
海辺にて。

2025.07

夏にしか味わえない夕方と夜のあいだの、薄暗い残光の時間が好きだ。 

どこへでも、てくてくと歩いて目的地に向かう。買ったどの靴もフィットしない(デッサンも狂っている)両足を交互に動かして、でも動かせばその分だけきちんと移動する。からだを引きずって生きている。

2025.07

渋谷の街はなんだか凄いことになっている。暑いし。

 

 

2025.07
2025.07 下町の祭り

2025.06
北国、かつてこの場所に住み暮らしていて、そして今はここには居ない。

2025.05
旅先にスケッチブックを持って出る事が増えた。
これは阿蘇山のどっか。


2025.05
三鷹の反転住宅の見学会に参加してとても楽しかったんだけど、激しい色彩に包まれ平衡感覚を失い体調を崩す。近くのコンビニでしばらく喫煙所を借り、自分のからだを取り戻す作業をした。


2025.04
はじめて倉敷。エル・グレコが観れると思っていなかったので驚く。京都でキーファーをみて、帰る前に瀬戸芸に寄る無理旅程。瀬戸内海を電車で横断しながら島々の連なる景色を眺めて、この風景を見ながら国産み神話を思いついた(種をばら撒いたと考えた)昔の人は、天から地上を俯瞰した図を思い描けたんだなぁと、何故?空飛べたんか?と思うなど。

2025.04

何もしないよりはいいかと思うくらいの気持ちで、ブログにも満たないような日記にも満たないようなログをつけてみようと思う。何かを発表するのってすごく力んでしまうので、しばらくはここでアウトプットできるくらいがいいよ。